パブリックイメージとしてはどちらかというと芸人として認識されている堀部氏。けれども、その本質は「役者」である。今回のインタビューでは、普段あまり口にすることのない本音が聞くことができた。堀部氏シリーズい四週目の今回は、改めて役者と映画業界について考えてみたい。

text:Yukio Ohya



■ああ、切なき役者道


役者と聞いて何を思い浮かべるだろう。日本ほど役者という職業に対して理解のない国はないんじゃないか。日本で役者というと、これすなわち芸能人である。つまり、ブラウン管の人なのだ。いや、本来は銀幕の人だろう、と突っ込みたいところだが、そもそも銀幕という言葉すらも死語になりつつあって事態は全くもって切ない。


そもそも役者は演じることのプロフェッショナルなはずなのだけれど、日本では演じないことの方がウケたりする。どの作品に出ても「同じ」であるほうが喜ばれたりしてしまう。要するにキャラが立ってないとダメよ、ということ。この「キャラを立てる」というのがクセモノで、本来の役者の魅力は存在感みたいなものを出すことだと思うんだけれど、ここ昨今では「キャラを立てる」イコール「わかりやすい類型」みたいなものを作ることになってしまっている。


そうしないと、視聴者が納得しないのだから、仕方がない。そういう状況で役者の選ぶ道はただひとつ。電波芸者になることである。全国ネットの電波に乗って、「私はこういう人でえす」と宣言し続けるしかない。ここで、様々な葛藤を抱えるのは、お決まりのパターン。役者を志す者のほとんどがこの葛藤に巻き込まれる。


しかし、ここで真摯に「いや、それは違うだろう」と役者本来の道を志すとどうなるか。映画関連会社の事務でもしながら、「お父さんも昔はな、役者だったんだよ」と遠い目で子供に言い聞かせるしかなくなる。や、これが現実。何しろ、映画のキャスティングというもののほとんどは、演技力ではなく知名度で決まるのだ。


であるならば、まずは求められることをこなしてみたほうがよっぽどいい。そして、その中で活路を見出していく方がよっぽどマシだ。その作戦を、着々と成功させつつある人、それが堀部圭亮だ。


■悪いのは、他でもない視聴者だ。


テレビの仕事のほとんどは「まあ、こんなもんやろ」で成り立っている。それが別 に悪いことだとは思わない。むしろ、それはそれで真摯に「まあ、こんなもんやろ」とやっているのだ。断っておくが、テレビマンたちがいい加減なわけではない。そこにはテレビなりの血のにじむような努力があるのだ。


むしろ、問題は「こんなもんやろ」で喜んでしまう視聴者にある。自分たちで本当に好きなものを選ぶことを放棄すると、次第に自分の周囲にはくだらないもので溢れ返るようになっていく。それじゃ、つまんないよなあ。


また、テレビも映画も何もかもつまらない、という話もよく聞く。それは、視聴者が自分たちで育ててこなかったからだ。いい作品にちゃんとお金を払ってこなかったことも大きい。なにしろ、音楽に比べて映像作品に対する評価というのは著しく低いのだ。気がついてみたら、日本の映画業界は、アニメと、テレビのリメイクだけになってしまうかもしれない。まあ、それはそれで構わないっちゃ構わないんだけど、どこか寂しい。日本人の才能が、アメリカ名義で作品を発表するのも、どこかアレだ。個人的には。


かくして、本当にいいものを作りたいという人たちは、こっそりと日本を捨て始めている。もう、日本なんかどうでいいよ、なんて思いながら。


「ハリウッドに日本人が行くなんて、ま、無理なんですけど、バカみたいなんですけど」


と言う堀部さんの目は、実はけっこう鋭かったりする。


ほりべけいすけ●芸人として「ダウンタウンDX」をはじめとする数々のTV番組に出演する傍ら、構成作家として『人気者でいこう!』などの番組を手掛ける。また、94年からは本業である役者として、映画にも出演。堀部氏が出演する映画『PARTY7』も現在公開中。

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