■“真っ直ぐな照れ屋”の自分突っ込み
SABU氏へのインタビューいかがだっだでしょうか? 今回は、インタビュアーの私が過去3回のインタビューを振り返ってみたいと思います。
……と言っても、SABUさんって、インタビュー内容のとおりの 人なんです。真っ直ぐなのにちゃんと自分に突っ込みを入れるセン スもあり、やはり照れ屋で、でもちょっぴりカッコつけでもいたく て。最近も『広告批評』誌でインタビュー受けてましたが、相変わらずの調子でした。ただ、その人となりが作品にも反映されている と私は思うんです。
その反映とは、例えば『弾丸ランナー』のラストシーンにも表れて いるでしょう。走り続ける主人公の男が、走る目的を忘れているこ とに気づき、ヘラヘラ笑い出すシーン。それは、可笑しくもとても 切ない姿です。
それってまさに「自分突っ込み」なんです。それは、照れ屋だから こその性でもあり、しかし真っ直ぐだからこそ自分突っ込みに至る まで突っ走ってしまう性が引き起こすことでもでもあり。突っ走る →突っ込み→突っ走る→突っ込み……って延々繰り返してるんです よね。
それは、人の持つ哀歓です。SABUさんは「真っ直ぐな照れ屋」 として、愚直なまでにそんな哀歓を撫でる。
でも、そんな哀歓に共感するには、それなりのペシミズムが必要な んです。未来に対しての絶望をちょっとでも抱いたことのある人こ そ理解できるというか。最初から諦めきってる人や、挫折を一回も 味わうことなかったホントの意味で「育ちのいい人」には、ちょっと共感できないかなぁ、と。
で、そんなことを考えると、SABU作品が一般にも受け入れられ てきた背景として、日本全体がある種の諦念を感じつつあるんじゃ ないか、という漠然とした印象を私なんかは抱くのです。
だけどみんな共感できちゃう。
だって、もしバブル期にSABUさんの作品が世に出たなら、「バ カ映画」の枠に入れられて終わりだったかもしれません。右肩上がっ てばかりの成長時代では、突っ込み入れることは無粋な行為でした から。同調圧力が強い日本ではなおさらそうでした。
でも、そういう時代が終わり、ちょっと厳しい「自分突っ込み」の 時代が本格的に到来したんじゃないか、と。それは80年代の価値 相対主義ブームとは全然比べものにならないレベルで起きてるんじゃ ないか、と。
それと似た関係を私はSABU映画のヒットに感じてしまうんです 。そのような意味で、SABUさんは、いまの日本に漂う空気に見 事にマッチしている。そして、SABUさんの言動や生き方そのも のから、それは伝わってくるような気がするのですが、いかがでしょ うか? 単に性格の話ではなくて。
そして、そんなSABUさんの一連の創作活動の底辺にあるのは、 作家としての過剰な自意識ではなく、ただただ「面 白いもんを創る」 というサービス精神旺盛なストレートな姿勢です。……なんて当たり前の結論ですが、結局、それに勝るものはないのでしょう、やはり。
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